熊本第五高等学校の4

昨夜あれこれ見ておりましたら、嘉納治五郎氏が校長をつとめておられたとか書いてあり、たまげました。
いままで一体何を読んで来たのかとお叱りをいただくような無知蒙昧のありさま。っていうか普段いかにいい加減に流して読んでいるかという証明であります。
今回は柔道部と撃剣部。「坊ちゃんの時代」では「柔術ではなく柔道です」とその門弟がしつこく訂正していたところがあります。また、「撃剣部」という言い方はどの学校でもこういう言い方が定番のようです。「剣道」とは書いてない。
土佐人が撃剣部の大勢を占めているというのは、これはどういう現象か。なんとか流というのは自分は不案内ですが、詳しい方がおられるならば興味がおありかもしれません。

柔道部

此部はこれ我校の最も得意とする所他の各部はいざ知らず独り此の部に至ては天下擧て我校に敵するものなからんとは各人の自ら信ずる所 されば此の技の盛なる事言を待たず殊に昨年加納氏の高弟戸張先生来校せられて以来一層の活気を添へ来り益々
盛運に向へり

されば此の部中にては随分強力のもの数多きは勿論日々勉励怠らざるの部員少なくも四五十は下らざるべく年々の寒稽古の如きは百人以上の出席者を出すの有様なり

余等もとより此の部に縁浅くその真相を評する事は難きも兎に角加納流は他の諸流と異り平素死活の奥義は教へさるも運動としては最もよろしきを得たるものにて学生の修むるに於ては先つは欠点なかる可し。


撃剣部

此の部は柔道部に次き本校の得意とする所その盛なる事に於ても敢て前者に一歩を譲らざるべし然れども独り此部のために惜むはその首領は大抵土佐人なる上平素熱心怠りなき輩も大凡土佐なれば少しく言を過大にせば此部は土佐人の独舞台と云ふ可き事なり

此部近来師範その人を得益光彩を添へ来れり即山岡翁の高弟中島春海氏を初め当地の剣客野田先生あるありその他戸張先生の此部を兼ねらるるあり此等は何れも当熊本地方屈指の剣客にて何れの道場にても殆ど肩を比ふへき人なき耳ならず

当部員が各道場に於ける勝負常に本校の成績良好實に此部全盛の時代とも言ふて可ならむ

元来熊本の地たる雲州地方と稍趣きを異にし昔しの武家も今日の太平の御世に際し刀槍を捨てて鋤鍬を手にするを好むで面小手を肩にし竹刀を提くるの輩多く一度勝負の報を耳にせば市内は勿論数里の遠を物ともせず平素耕耘に余念なき輩争ふて集ひ来りその列に加はるは實に吾人をして意外の感あらしむ


此の如き様なれば市内各所に道場の設けあるは更なり村落と雖もまたこの設けあり互に気脈を通じ各月順次に各道場に於て仕合を試むるの例にて我校の如きも既に再三その順に当れり。

尚此の外弓術部あり射合をなすものあり何れも相応の活気を有するも余り長きに失する恐あれば是等は略す。

右の二篇は昨年秋本誌へ寄稿せられしものなり一言注意までに記し置く(編輯子)
(註 右の二篇:「商業学校ノ状況」「五高運動部概況」を示す)