仁多地方行軍の13

今回の行軍で一番辛かっただろうと思われる件である。
現在の地図を見ると近くの山中には現在ダムがいくつか築かれているが、布部ダムというのがあるからこの附近のことだろう。今そのダム周辺を車でまわってもかなりの山奥だというのが了解できる。
このころ舗装道路はなかっただろうし、当然道が整備されているわけもない。
真っ暗闇の山中を三百の多勢とはいえ黙々と行方も知らずに、疲れた体にむち打って歩き続けるのは辛かっただろう。
戦争時の実戦とはそういう辛さが日常であったことは確かだが。

闇の中に光を見る。後に考えれば小学生が明かりを持って迎えに来てくれたその灯明であった。涙が出る程の嬉しさ。
夜半過ぎ、宿舎に人は精根尽きはて昏々と眠りに落ちる。

羊膓たる坂路殆ど飽きつくして、布部村に着き小学校に茶菓の饗をうく。夕陽西に沈みて暮藹東より来り、帰鴉樹林に喧しくして、天地は将に夜の寂寞に入らんとす。而して行程尚三里を餘せり。飯梨川の上流潺湲として幾仭の下を流るる所、上は峭崕千丈空を摩して聳ゆ。


闇より闇に入りて山も黒く森も黒く、全軍亦悉く黒塊の行くが如し。只僅かに星斗二三點燦として影を我等が佩ける剣鞘に宿すを見るのみ。かすかに漏るる薮かげの灯は、そも誰がわひしの住居にやあるむ。殆んど夢路を辿るが如く、喘々として歩を移し、漸くにして夜目にも濶然として山山と相距る處に出づれば、飯梨の流膨大、滾々として走る所、遙かに明滅去来変幻する燈光を認めぬ。


後にぞ思ひあたりし、是小学生が我等を迎ふるの燈なりしを。既にして川を渡り広瀬(註 ひろせ)に入れば月山(註 がっさん)々影黒く。今古の惑を催さしめて、我は殆んど?々の涙に咽びぬ。


夜半寥郭たる舎営、征馬?かず人語起らず、噫凄矣。