遠洋航海通信の3

太平洋に繰り出す直前の情景です。波はかなり高いのかもしれない。
艦隊と別れを告げて羅針盤の修正を行います。富士山が見えますが、これが日本との別れかと思うと感慨深いものがあるようです。ラジオで聞くともなしに気象通報を聞いていると「野島碕燈台○○ヘクトパスカル」と言っていますが、きっとこの場所の事なのでしょう。ここが旅の起程地となります。
「左様なら」は、日本へ送ることば。

旗艇小鷹が其後半体を海中に没しながら高く衝角を上げ波を切て突進し来り35米突艇が其前部発射管を以て痛く怒濤を打ち乍ら激しく水中に突入し去るを見ては肉踊り骨鳴り覚えず節を撃て快哉を呼ばしむ


所謂活動なる語は直ちに取て以て此日艦隊の壮観の形容に充つべきか、此光景真に大文人の霊筆を待ちて始めて伝ふべきなり


既にして艦隊我両舷を巡る事二回「奉賀」の声を発して去る


余「プープ」に立て目送する事多時2時35分観音崎を右舷正横7浬に見るに及び南2分1西に変針しそれより又回転数回して羅針盤を修正すること2時間許6時始めて「トップマストステイスル」及「ツライスル」を展す皚々たる富嶽漸く霞の裡に隠れ故国を惜むの情漸く頻なり


6時7分野島崎燈台を左舷正横三浬に見同30分愈北62度東に定針して太平洋の航途に上り気力を半ばに減して「ツライスル」を絞る其位置は即ち野島崎燈台の南彳東にして之を去ること3浬半實に此行の起程地なりとす、


6時45分更に「フォールトツプスル」及「フォース」」ルを展し8時30分桁を左舷に開く
9時25分風右舷「バウ」に変じたるが為めに帆を絞りて桁を直す


10時野島崎の燈光を失すこれより復た故国の片影を窺ふに由なく四周見る所唯水天の際のみ帽を振り西天を仰
ぎ別を告げて曰く「左様なら」。