隠喩としての病い

エクサバイト  隠喩としての病い・エイズとその隠喩


「エクサバイト」 服部真澄 角川書店 ISBN:9784048738224 C0093

「隠喩としての病い エイズとその隠喩」  スーザン・ソンタグ みすず書房 ISBN:4622072246 C0010

いつものことながらバタバタして気分が落ち着かないと本を集中して読めない。
最近はまじめに読まないと理解できないタイプの本を読んでいないような。(といったら他の作家に失礼か)
なんだかこのところ映画づいておりましてこれも、読書時間を削る理由になっている。と、言い訳。

「エクサバイト」は、SFのようなもの。なぜ完璧にSFと言えないかということはなかなか説明し難い。
これで結末が「何世紀もの時間を経た後」か、異星人の視点という部分が付加されるとそういえるかも、という事しか説明できませんが。
自分の若かった頃は「コンピューター」というのは「一基が詰め込まれた部屋そのもの」という大きさの時代でありまして、 「パーソナルコンピューター」どころか「携帯電算機」というのを(今のカード位の大きさ)自分用に手に入れるという事自体大騒ぎの時代でした。
いまや全速で走っていたつもりが、既に脳みそが技術に追い越されている現代であります。
その昔(でもないか)フィリップ・K・デイックの感性はまともに話したら笑い者になるか正気を疑われるかのどちらかでしかなく、それがノーマルになってしまった現代はもう既にかなりの部分SFとかファンタジーとかを追い越してしまっているわけで。読んでみてこの物語を「リアル」に捉えてしまうという部分が大きすぎる。とお思い下さい。
視点がかなりの部分主人公の個人的なところで描いているところで、「物語」になっているわけでしょうか。


スーザン・ソンタグは、批評家として紹介されていたがこれはもう「哲学」の範疇にいるのではないかと言う気がします。
長期的な病で苦しんでおられる方ならば必ず同じ思いを抱くであろう、というところで是非お読みになることを薦めたい。
それで苦しみが治まるとは限りませんが、少なくとも「無用な苦しみ」から解放される契機になるかもしれない。目から鱗本です。学術書とかちょっと難しそうな感じのする「みすず書房」の本ですが、有益な本を出しています。
学生の頃「みすず」ではなく、「みみず」と読んでいたっけ。