運動上の注意の1

第七号の論説のひとつです。
「論説」という割には、「論証」とか「統計」とががあやふやだったりして且つ「面白くない」ので今まで避けていましたが、今回は「内容の検証」よりも別の所に興味深いものを見つける意味で記載いたします。

それはそれで面白うございます。たとえば語り口など。
体操競技」に対して一般に理解がないという記述で、ふと現代の到底神業としか見えないような技を繰り出す器械体操などと比較してみたくなるのはもとより。
「食わず嫌い」のくだりなんぞは、ほとんど理屈にもなっていないような気がして笑えます。

2.2 運動を行ふ上に就ての注意  特別会員  溝邊松籟
私が社会の事を種々方面から研究をして見まするに一番に感じ且つ目下の大急務として之が回復策を講じなければならないと思ひましたのは我国民の身体が世界各国に比べて再劣等に位ひますると云ふ一事でありまする
(私を先として)之れにはいろいろの障碍があるので第一近世紀に至りては学術界に一大進歩を来たした為に吾人の事業が甚だしく繁雑になつたのと、今一つは我国の家屋の構造法のわるいのと、其他日本人の特質として運動を嫌ひ且つ粗食すると云ふやうな事が、身体の発育上に大に防害せると、云ふのが一大原因であると云ふ事は断言するに、決して躊躇せないのであります、


そこで之が回復を計るには第一家屋の構造を改良し、食物は務めて滋養分に富めるものを採り、適度の運動を奨励せないと兎ても将来世界の列強国と競争場裏の、舞台に活劇を演ずることは出来ない。所謂富国強兵論も机上の空論に終るのであるからしてこれが善後の策を取らなければ我国の将来は実に杞憂に堪へないのであります、


茲に於て文部省はかかるきずかはしい現象を何ぞ袖手傍観するの今日ではないと云ふので明治三十一年同省令第三十七号を以て小学校設備準則と云ふものを発布せられて机腰掛けの寸法を定め、又同年十月十四日の同省告示第六十一号を以ては近視眼を防がんが為教科書の文字の標準及び教科書用紙の紙質等を定め近きは本年二月六日同省令第三号を以て中学校の教授細目中体操科の内へ特に普通体操と云うふものを加へられたのであります。


併し此体操は社会一般に非常に蔑視されて居たので何か児童の遊び事の様な観念か有ったので社会多数の学生か此れを好まない、又中には此体操には興味かなっからといふて棚あげにする人もありますか之からの人は、俗に「食はず嫌ひ」と云ふので大に誤れるの甚だしきものと曰はなきやなりません、一例を以て申ますれば病を治せるには薬剤を用いるではありませんか、此薬剤に美味を有し好んで服用するものはありますまい、然れば何ぞ体操にも興味のある筈はなるまいと思ふのです。


併しながら体操でも其他の遊戯法でも此れを実地に行ひまするには恰も腹薬に注意(医師が此薬を飲むには硬い物を食ひなさるなとか油類はいけませんとか云ふが如し)を要するか如く甚だ注意せんと折角の運動も効能が顕はれません、所謂運動と衛生と相待て始めて完全無欠の体操が出来あがるのでありますから運動のみを以て体育になるかの如く思ふのは即ち一を以て二を知らざるものと曰はねばならない依て私は少しく運動を行ふ上について二三の注意を書きまして聊か諸君の参考と致しませう。