7号 波間の千鳥の1

付録の一章、校内の端艇競漕の記録です。対戦するのは学年合同、寄宿舎生、なんと教員も加わってのおおさわぎ。
なかなか楽しいのでごらん下さい。この時代の教師像というと、どうしても自分なぞは「夏目漱石」などのイメージが…
口ひげを蓄えた「くしゃみ先生奮闘記」みたいなイメージで読むと非常にウケます。

5.1 波間の千鳥(短艇競漕の記)  松雨生
(7号 付録1頁〜)

花にねし春の日数も暮れにけりあはれ胡蝶の夢ばかりにて慈愛なる温和なるを以て命とせる佐保姫の優しき袖に払はれ酔ふばかり心地よかりし春は既でに老ひにけらしな紅の花は薄緑の葉と代り樹々には漸く虫の音喧しくならむとす
今や吊床を携へて深林の逍遥に清新の詩歌を誦し或は海上半日の遊びに涼風を貪ほる好時季となり、満校の漕艇子は日頃鍛へし腕の肉鳴りて轉た髀肉の歎に堪へかねし所果然控所に6月1日を以てボートレースを挙行すとの報掲示せされ、
腕に覚えのある面々は自ら腕の肉の動くを覚え、其日よりボート借付日割んて練習をなし、アルプス、ヒマラヤ、浮島、千鳥、新高は朝に波間を縫うて天倫寺沖より嫁ケ島に行けは夕べに円流寺の帰鳥をながめて、我れこそ当日目覚しき功名手柄をなして名誉の月桂冠を戴かめと余念なく腕を磨く漕艇子の胸中さても勇しや

6月1日は来たりぬ!されとああされと連日の雨は霄れたれとも風烈しくしてレースを競行すべくもあらず怨を飲むて8日に延しぬ6月2日此日五月雨に近き今日此頃には稀れなる日本晴れにて微風さへもなくレースには注文通りの好天気なる故翌日3日挙行することとなりぬ


6 月3日 青空は刷毛を以て拭ひし如き白雲の跡かすかにして湖面には漣さへもたたす嫁ケ島には国旗を交叉し来賓席には一中の幔幕見事に大橋より見え、老松の風なきに揺るるは木の精の当日のレースを祝うての笑みにやと勝手に理屈をつけて前兆よしと独りほほ笑めば見物の舟三々五々来り、雇ひし汽船も来りて遂に第一回のレースを初めぬ維れ真に明治35年6月3日10時13分