第五日目の3

延々と階段をのぼってようやく本社についた。池と大門と奉納所、旭社などをめぐったが、清少納言の塚は略した。雑踏の中を引き返し階段を下りる。雨がふりやまないので互いの傘がひっかかって苦労をする。ようやく3時半の汽車に間に合い多度津へ戻ったが、雨は降り通しで、鬱屈の余り傘に八つ当たりして壊したのはこの時である。入浴ののち日記をつけながら疲れのせいかそのまま寝入ってしまった。
いくら若いからといってもこの強行軍である。疲れがピークに達したのかもしれない。

鶯梢間に転々の美音を弄すして清喨耳を洗ふに、雨を帯ひたる声はまた格別にて、我等は覚えずたたずむこと 少時、再ひ石階を上る二百級にして漸く本社に詣づ。社殿甚だ大ならざれども併も結構壮麗、敬意粛然として起 りそぞろ頭の下るうぃ覚えざりき。神垣は跪くことしばらく、舞殿の奏楽をあとにし、去て廻廊の下を過ぎ神庫、 神輿庫を拝す。


池あり水清冽玉の如く鏡の如し、佇立すれは東風一陣雨と共にふき来り、頭上の桜はらはらと散り かかりて、紅葩徒らに水に浮へば水底の火鯉とんで之を弄ふ、景最も愛すへし。ついで奉納所、旭社を拝す、旭社 はもと金堂と称しし所其構営典雅四邊の彫飾よく徴を穿ち細を極む、泰西の人すら来り詣づる毎に賞賛せらるも のなしといふ。碑あり曰く、



花のかけ硯にかはる丸瓦   芭蕉



下りて大門に至る。門や慶安二年の再建にかかり、その壮大なるに至りては又殆ど驚くにたえたり、清少納言塚ありといへとも見すして下る。



天の川くるりくるりと流れけり  古帳女
あたまから布る利益や寒の水   龍眼生



などいふがありと、我等も見さりき。
飴売る女の声をふりすてて、もとこし道を下れは此のあたり詣人織るが如く、傘傘と相噛、雑踏をかきわけか きわけ、漸く琴平の町にかかり3時半の汽車にて又多度津に帰る。
雨なほ止まされは、鬱葱の気転に胸腔に溢る、余か蝙蝠傘を破ししもこの時なりき、浴し終りて孤燈の影に今日の日記など書かんとすれば、窓をうつ雨声をな して余もその儘つひに夢に入りぬ。