大仙行その3

どうも赤松村の赤松の池?を目指しているらしい。が、路がわからないので漸くであった車を引いた男に尋ねる。赤松の池には大蛇の伝説があって、こんなに大勢で行ったら大蛇が余程驚くだろうよと笑っている。
小道には荊や棘のある雑草が茂っていてうるさいので、路をそれて竹林のなかを進んだ。樵が二人いて、ぎょっとした様子。
やみくもに進んだら絶壁になっていて身の毛がたった。回り込んで河原に出れば清流が流れている。
人気の無い心のあらわれるようなこの光景にしばらく恍惚としていたが、いつまでもそういうことをしていられないので、一行をさがすことにした。大急ぎで本体に合流する。
地元の村の衆をみて「茫然」というのはどういう意味やら。ああそうか、村の衆の方が茫然としていたのか。突如何百人もの学生がぞろぞろ歩いてくるなど前代未聞だったにちがいない。赤松村の小さな店はこの集団の襲撃?により菓子類は根こそぎさらわれてしまった。活力を恢復してたわむれに残雪を口に含んでみる。日暮れ頃、牛馬市場の附近で宿をとった。

暫くありて又もや歩を続けぬ、愈々登れは草原益々遠く、渺茫として其際涯を見ず、仰げは雄大豪宕の出雲富士は目前に逼り、可ん時莞爾として余等を迎ふるに似たり、何処よりか迷ひ来りけむ、蝶一羽ひらひらと飛へるか、さっと吹き来たる山風に送られてと遠いきに行くさまげにをかし 赤松池を見むとすれども尋ぬるに人なし、漸 くにして一人の男、車を引きつつ来るあり、赤松は何方と問へは「今少し行き玉ははは北に折るる小道あり、これなんくけ道なる、さては斯大勢行き玉はば、嘸かし赤松の大蛇も驚愕の声をこそ出さめ」と云ふに衆もまた笑ふ、


雑草繁茂の間をたどるにをりをり心ありげに足を引く荊棘いとも憎気なり、飛び下り攀ち登ること数度、遂に難問樵夫二人木を找りて話せるがありまづ彼等を驚かして、乱れ散る落椿の間をふみ、昼尚もくらき竹林の中を過ぎりつつ出つれは、崢�たる数仞の絶壁、矗立して屏風のごとし凄寒の気そぞろに身の毛を立たしむ、右に廻りて行けは、磊々たる凝灰岩散点する河原にて、水も涓々としてただ其の間を流るるのみ、


一條の飛瀑白く積翠滴々たるあたりより下りて響きを発し、数竿の竹其両側に高く、さて玉と砕け霧と散る迸水を浴ひつつ動いてをかしきに、玉椿赤く側に咲けるなど、琅?の音、清冽の気、兼ぬるに雄麗の観を以てす
嗚呼寥々人境の外なる斯の如きに閑座し、天然の美妙に接し、自然の妙音し談らは、其快はそも如何ばかりそや、身を恍惚として岩に据すること多事遂にさへあるへき身ならさるを覚り又もや羊膓たる渓路に入る、一行も遠く行きてかげだに見えず、


されは大に急きつつ漸く之に合し、間もなく赤松村に至れり、三々五々の村嬢野郎なかめ見て茫然たり、桃は赤く咲きいでて長閑に、長き春日を心とや水車の音いとも悠なり、乃ち池に至り芝上に坐して之れを見る、池面余り広からずと雖ども、藍を流すか如き渇水は静かにして鏡の如く碧翠滴らむはかりの松影之れに映して翠殊に美はし、さるを一たひ友の水を縫うて礫を走らせは、面上忽ち紋を書いて倒景る為めに動く其景いはむかたなし。


餅此処を去りて間も無く漠々たる裾野に出て、列をなす数十の老松の間をたとるに、遥かに一小亭のあるを見るあはれ「分けの茶屋」よと、勇躍して進み至れり、餓に渇に困せしもののみはれは、店頭の菓子、殆ど平けられ、ひらひらと飛び来る金銭も雨の如きを主人公眩せさりこそ幸なりしが、茶亭の為めに助けられ勇気恢復し歩を続けぬ、積雪はなほ谷かげのところところに残り試にとりあげつつ噛めは、○々として音あり冷気いともずかずかし、間もなく牛馬市場に至り小茶店並ふあたりに於て、部署を分ち宿舎に入る、時に月は西山に没するに遠からざる頃なりき。