仁多地方行軍の4

以下戦況の記述。なかなか勇ましいのである。
敵は木次町附近、味方は里方村に本陣を置くと知れた。筆者は中隊長の傍らに居るが記録する暇もない。敵は白帽子、味方は黒帽子である。六百メートル先の木次土手のあたりに敵が展開する。銃の射撃、白煙があがる。

この銃、弾丸は何をつかっているのだろう。まさか実弾をつかって本当に殺し合いをやっている筈は無い。空砲かと思っていたのだが、後述にこの丸を受けて顔面を負傷する部分が有る。当時ではどういうルールにしたがって模擬戦をしていたのかは自明の理なのだろうが、現在になってみると説明されることのない「常識」が壁になってしまうのは皮肉である。

ただこれを「戦争ごっこ」というには当然語弊が有る。数年先彼等は徴兵され、中国大陸において戦闘を行った筈である。悠長なお遊びではない戦闘のための訓練なのだ。

戦雲低く垂れて血雨止に落ちなむとし、四顧悉く凄殺の気充溢す。玉散る剣を揮って陣頭に起てる小島第一中隊長は、大声叫び伝ひけらく、敵は木次町(註 きすきーちょう)附近にあるものの如し、

我中隊は前衛となりて大に之を撃退せんとす、機や既に至れり、汝将士よくつとめよと。乃ち命により、倉崎左翼士官尖兵長として第一小隊の第一分隊を率ゐてまづ発し、

森山第一小隊長はその第二分隊に将として一縷の畦路を求め、左側里方村を占領し大に敵の右側側面を衝かんとす。
予は常に第一中隊長の傍に侍して戦況を記するに暇なく、陶山衛生長また傍に属して不時の急恙に備ふ。


敵は何処ぞ、いで一発の下に挫きくれむと意気捲き居る我軍の将卒、威まさに凛として襲ふべからざるの風あり。
今沈みゆく夕陽眩く帽廂を射る所、双眼鏡をとりて只管敵状を窺ひつつありし我中隊長は、すは敵兵ありつ、第二小隊第三小隊進めつ!その声の如何に鋭く、如何に凄婉なりしぞ。小手をかざせば、

げにや約六百米突の前方木次堤のあたり、敵の白帽は二三點動きそめぬ、落日は映ずる敵の尖兵長吉岡左翼士官が剣光も勇ましく。


既にして敵兵漸く現はれて、一隊長く堤上に散開すれば、遽然パッと起る白煙すさまじく、見る見る天地の寂寞を破りて殷々たる銃声天轟にき、弾雨惨として我軍に向ひ来る。されど精を拔ける我尖兵何でか屈せん、此処ぞ我が腕を試むる時よと、猛虎奮進の勢を以て一斉に彼方見かけて進みけり。此れぞ本日の開戦とぞ知られける。


敵の前衛遂に如何ともしがたりけむ、自ら里熊橋を破壊して我進路を遮り、走り去って簸の川を前に控え、余勢尚猛烈なり時に、我第二分隊は里方村より進みて我が尖兵と合し、奮然として敵に当たりぬ。