仁多地方行軍記の6

25日
起床ラッパの音が響き渡る6時。小雨が降っている。
寺領という山村を陣にしての演習がはじまる。どうも守るに不利な地形であるとおもわれる。
苅田の中にぽつんぽつんと森が見える。ここまで見渡しが良いと攻める方も盾にするものがなく丸見えであると思えば、それは有利といえるかもしれない。

(3)
二十五日。

六時起床喇叭の声勇ましく夢を破りて、木次街頭に響き渡るよ。驚き起てば窓外細雨霏々として下る。前庭に整列せる全軍の健児、剣を按じて天空を睨まへたる○姿勇ましとも勇ましく、やがて中隊長は来り莞爾として令を伝えぬ、


乃ち我第一中隊先づ発して陣地を占めんとす。暗雲くらく四山を閉ざして、行手の山村濛々焉、時は茅屋より上る炊煙の、消えもせず散りもせで縷の如く逍ふ、いと雅致あり。


降るとしもなき初時雨は蕭々として背嚢にそそぎ、抜き放てる士官が剣光凄味を帯びて、一団の白露滴らんとす。徐ろ今醸されんとずる戦雲を想はしめて、五尺の身幹魂正に踊りつつ、白水岩に堰かれて飛沫雪の如き久野河畔を辿りて、我軍は枯れ尽せる秋草をしだき、漸く寺領と呼ぶ山村につきぬ。


北方一帯山山と相迫りて、一道の渓路盤廻する所守地に適するが如しといえども、山険に剰さへ荊棘樹根徒らに足を鈎して、到底我軍を運転自在ならしむる能はざるを覚り、更に隊を返して村校の附近に兵を屯せしむ。蓋し尚地の利を得たるものにあらず。


みさくれば、後方一列の連丘を除くの外、悉く豁然たる苅田にして、只僅かに一森林の下一茅舎の点在するあるを認むるのみ。然りといえども敵も亦此の平闊にして、一のよるべき地物なき所を進み来らんには、幾多の兵員と幾多の艱苦とを犠牲に供せざるべからずを推想せんか、茲に至て強ち、我陣地の利を得ざるにもあらざるを知る。


さはれ我既に剣あり、銃あり、況や軍に従ふの士熱血迸るるに於てをやよし百万の敵兵一時に襲ひ来るも何ぞ撓むをやある。来れ敵の奴原いで此の三尺の秋水は、汝が肝尚寒からしめ呉れんづと意気込める我軍の将士、ああ壮なる哉。