仁多地方行軍の9

雨はやんだ。虹が出たか。
あぜ道を三百人の生徒が行軍するさまは壮観、村人が口をあけて茫然としてみるのを見返して可笑しい。険しい山道にいよいよ入る。谿川に沿ってのぼってゆくきつい山道である。軍歌で士気を鼓舞しながらゆく。熊よけにはなったことだろう。
ともすれば奈落の底のような崖下に視線がゆく。あやうい岩に掛けた丸太橋にあう。

(4)
雨はいつしかやみて、顧みる簸の水流長く、東より西に走れる一弧の長虹雲を吐きて、五彩麗しく朝の日影に映ずる頗る壮絶なる。
しばし田畦を辿りゆくに村翁田婦我行を見送して唖然たる可笑しく、苅穂架にあり、村雀田○に群る、田舎の穣々たる秋天嗚呼美哉を三呼して道は漸く山に入る。

淙々又潺々として我等が右足をなめつつ走るは、岫を出づる谿川か。谿路いよいよ進みて愈々嶮しく、磊畸たる大石小石足を遮りて行歩頗るなやむ。剣を杖きて俯くところ、久野の清流青?染むるが如く、時に急湍をなし時に激瀬となり、巌は激しては飛沫雪の如く、散りて花の如く、潭淵湛へては鞳滔乎として深碧を漲らす。我軍の士背嚢いや重くなりゆきて、銃を衝て歩を運ぶといへども、未だ喘○たる気息はあらす。

湧くが如く起る軍歌勇ましく谷又谷に響きて余音は奔流の水音に和し、全軍の士気尚壮なり。

見上ぐれば峭巌苔黒きあたり、楓葉霜に飽きて燦として燃ゆるが如く、時に風なうして娑婆として落ち来れば、忽ちにして駭玉驚珠の中に葬し去らるる何等の詩趣や。崢�たる峭巌やうやく急にして一歩を誤らんか、

千仭の奈落まさに人を食まんとする所、危く進めば須臾にして渓流一折するところ橋あり、樹木を束ねて巌より岩に懸く、宛然両猿尾を以て相続くの観あり。