仁多地方行軍の11

26日、今日も時雨。うらめしい。
6時に起床喇叭が鳴る。友は、今日こそは敵に一泡ふかせてやるとやる気満々用意に大騒ぎだ。
第二喇叭で本部前に整列。雨はやんだがどんよりした雲がたれこめている。

7時に第二中隊が陣をかまえるために出立する。第二中隊に司令が来て敵は広瀬に陣をおくとのこと。
我が軍は前衛を花月堂に送りまず破って広瀬に入ることになる。作戦会議が開かれる。

敵におくれて50分、尖兵隊を先に送りその跡を本隊がつづく。
簸川の堤に待ち伏せた敵兵と戦い、田圃へとすすみ尖兵隊が敵の先陣とたたかう。

(5)
二十六日。
旅衾を徹する曉風寒うして夢を破れば、今日もまた時雨るる空の恨めしく、點滴軒端を伝ふる音淋し、

六時曉々として舎前に鳴り渡る鉄笛をききて、褥を出れば友は既に覚めて、背嚢やいづこ、我が剣はこれ、など喃々として騒擾を極む。我一中隊の将士は、今日こそ敵陣を蹂○して、寺領敗戦の辱を雪ぎ、聊か蕪恨を霽さんと、意気捲き語り合ふ頼母しく、やがて第二の喇叭は聞こえて全軍列を本部前に整へぬ、


悪らしき雨は既に止みたれども、濛雲尚重く垂れて、鬱陰の気やる方なく、大空を仰いで咄天候!と呟きぬることも幾回なりなりしぞ。


七時といふに第二中隊まづ発して陣地を占定せむとす。次で我第一中隊は令すらく、敵は広瀬にあるものの如し、我軍はそが前衛を花月堂附近に破り、更に進みて敵の本陣広瀬に入らむとす、更に各士官を靡きて戦略につき議する所あり。


敵に後るる五十分にして漸く我尖兵は進みぬ、本陣また之に次で動く。實に是牧を啣んで蕭々たるの景。敵は一小隊をさきて之を簸川堤に伏せしめ、傍ら斥候を後丘に派して警戒怠るなく、本隊は山を負ひ川を帯び、配陣整然凛として侵すべからざるの観あり、我尖兵はやがて市街を南に貫きてその屋背なる田畦に散開し、大に敵の先陣と力戦す。


硝煙空を鎖して四顧漠々、茲に両軍の剣光は閃きそめぬ。刃尖相接して踊る銃丸の響、木玉にひびきて天為めに轟き地為めに震ひ、我尖兵長が肺腑を絞る号令朝の風に冴えて他所に聞も勇ましげなり。