仁多地方行軍の12

合戦の状況もさることながら、この負傷した生徒は失明したのではないかと答えの解らぬ疑問に頭を悩ませている。いずれにせよ、とうの昔にこの模擬戦に参加していた人々はすべて黄泉の世界へと旅立っているのはまちがいない。
勝敗はどちらともいえなかったようである。

9時に広瀬街道へと足をむけて出立する。またまた山の中。

図太き敵!我荒手此見よかしと撃出す味方の勢あたるべからず、されども敵勢なかなか猛烈にして屈する色もなきに、我中隊長は更に一分隊を派して伍間に増加し、相合して以て彼に迫らしむ。


此に於てか敵の先陣見る見る挫けゆきて、脱兎の姿憐れに気味よく、本陣見かけて逃れ去る、我之を追撃して股に至るの流を乱し、正に敵陣を衝くかんとするや、偶々敵弾一発ひうつと風を切って、我第一小隊の耳朶を掠め、去って傍らに立てる一子三島子が面部を襲ひ、その左眼を侵す、「しまった」と叫びし彼が半面にて鮮血早も淋漓として迸るを、彼は従容として敵を睨まへ、剣を按して憤色現はる。しかも銃は尚彼が手より捨てられざりき。衛生長!負傷者あり!と一小隊長が絶叫せし声に驚き、我も陶山衛生長も友に馳せゆき、直に之を地の醫に送る。


時に我本隊は左側に出て、敵の背後を衝き、我尖兵と相呼応して敵を夾撃せんとして進む。策や最もよし、たまたま吉重橋を渡らんとして、橋梁既に敵の為に壊らるるの遭い、乃ち全軍簸の奔流に踊り入る。

飛沫花の如く散る處、流を漲らして之を超え、藤が瀬城山の麓を辿りて、崎嶇崢�たる嶮坂をよづ、花月堂の背後に出つれば、敵は前後の二面より挟撃せられて、進退維に谷まり、狼狽惶大に苦しむ。銃声剣戟は響き谷に応えて、白帽黒帽殆ど心混乱する数刻。忽ちにして休戦の喇叭、両軍はしづしづと引き上げぬ。

顧みれば三次為虎が城址なりてふ藤ケ瀬の金風颯として松籟を皷するの下徐ろ二百年の昔を追想せしむ。九時発して足を広瀬街道にとり、歩武蕭々として道を又山に入りぬ。