第三高等学校の5

文科の学生には数学は選択科目、自分の学生時代は数学が出来ないから文科系統へという傾向があったが似たようなところがあるのかもしれない。選択したのが3人しかいないので休む訳にも行かないし質問するほどの頭もないからどんどん進んで行く。しんとした教室で茫然としている生徒三人という姿が思い浮かぶ。
いくら明治という時代でも学生の苦労はかわらないかと、「その進歩驚くべき」とあるから喜んでいる訳だと蜿蜒と書き起こしてきて最後に「閉口」のひとことで落とされたかんじがして笑ってしまった。

体育も、いい加減はたち近くもなって器械体操やっても体が新しい運動になじめるわけはないとこぼしているところがまた可笑しい。どうやら記述しているのは文系の運動苦手のお兄さんだったらしい。
それでもやはり勉学に対する意気込みはあるわけで。文科だけにせよ科外講義を生徒の方から要望して立ち上げるというのは勉学意欲が並ではなさそうである。

数学
数学1週3時間文科生は政治地理若くは数学の中1科目を修むべき規定なれば、小生は数学を修めつつあり、現に数学を修むるものは小生の他に2人あるのみにて、都合3人の学生あるのみならば、森理学士に依て教授せらる、元より数学専門の学士の事とて其説明極めて厳正、之れに加ふるに学生僅に3名にして無駄の質問をもなさざれば、其進歩は非常なるものにて、先づ代数、三角街、に於て尋中時代に於て習はざる處を補ひ、それより解析幾何に移り、Puckle 氏の Conicsections を用ひ、之に依て一々詳しく説明せられ、これを終て今や微分を習ひつつあり、其進歩實に驚くべきものにして一同閉口致し居り、其細の事項の如きは他日を待つ事とはなしぬ。


体操
1週3時間にして別に言ふ程の事なし、唯教師3名ありて3、40名を3部隊に分ちて教授することとし、よく行き届くと言ふのみ、又器械体操は器械よく整頓せるを以て上手の人は甚だ興味ある事なるべきも、余の如きは甚だ迷惑の至りなり、要するに器械体操は中学初年に於て充分これを教へ、充分の練習を経ざる可からず、既に生長するの至れば到底充分の事は出来ざるものなり、


以上は第一部に状況なるが、第二部に於ても国語、漢文、英語、独乙語は皆一部と同じ教科書にて同じ教師に依りて教へらる、唯国語2時間、漢文3時間、独乙語5時間、英語8時間にして其進歩が唯一部程に至らざるのみなり、


英語は2時間は訳解にて Humaninter を用ひ、他の6時間は米国人の授業を受く、其他数学は5時間にして有名なる河合理学士に依て熱心に教授せらる、三角はとどはんたーの大三角術書を用ひ1週に3時間なり、代数はすみすの大代数を基としてこれを盛に修飾し、又匡正しつつ進歩せりと、故に極めて完全なる教授を受けつつあり、河合理学士の数学に於ける名声は實に菊池博士と匹敵するの勢あり、


地質及び鉱物は1週間に2時間にして岩崎理学士に依て教授せらる、筆記にして別に教科書を用ゐず、専門の学士の事なれば極めて詳細なる教授を受く、外に図画2時間あり、専ら実物の写生を行ひ有名なる守住勇魚氏に依て教授せらる。


此外第一部中の文学科生の発起にて科外講義を請ひてこれを実行しつつあり、即ち国語は1週間宛藤岡文学士に乞ひて枕草子を講ず、甚だ有益なる教授にて大に興味あり、英語は1週に1時間宛林教授に乞ひて The lady of the lake を講ぜられ、漢文は大野教授に乞ひて蘇批孟子を講ぜらる、本校中にて科外講義を聞くは吾文学科生のみなり。