琵琶湖遠征紀行の4

この頃は「講談」が娯楽のひとつになっていたせいか、とても「名調子」という文章が多いです。
文章にリズムがあるので書き起こしている側としては大変わかりやすくしかも書き出しやすい。
この頃に活躍していた夏目漱石も落語なんかが非常に好きで、当時確立しはじめていた「小説としての話法」にもかなり影響したようですから、そういう面で見てみると面白いものがあります。

もともと漢文素養がベースの「文化人ひよこ」ですから、白髪三千丈的な言い方はお手の物というか普通。
いやあそれにしても元気のおありのようで、って体育会系十代?だから当たり前か。

練習を終えてうだうだしていたらプログラムが来ました。奪い合うようにして見てみたら、第一試合は昨年対して破れた宿敵同志社と真っ先にあたります。武者震い!

8月3日 今日こそは4日以降練りに練り、磨きに磨きし練習のしをさめ、何んでも敵の奴原は強かれ多かれ我軍の鉾先にみ向ふ者は皆銅真二つにせんものと勇む心の早駒に鞭を加ふる事二回、練習は既に終りぬ。

今夕は交道館に於て海軍将校の講話ある筈なれば或者は晩餐を終へてそを聞かむとて行きぬ。我等は宿にて雑誌に耽り乍明日の運命を気遣ふ折から井上氏帰り来って競争の番組を示せり、我等はそを破らむ迄に早々開き見たりしが何ぞ計らん、第四回目は我第一選手と同志社!!!

されど静かに考ふれば、我昨夏此地に敗れてより日に月に画する所ありて今夏の技倆は又昔日の比にあらざるを知らざる者なし、されば今願うてもなき敵を得たるなり、斯る敵と戦ひてこそ真の勝敗を決す可けれ思へば嬉しき明日の門立よな、
先づ第一に彼の心胆を引き抜き呉れんと選手の意気は将に岩をも通す桑の弓。

然して第八回目は何物ぞ、之こそ同志社と戦ふ可き兄の十郎を助太刀せんと戦場迄つき添ひし弟五郎時宗!義和の如き何かあらむ、我は汝の如き弱虫と戦ふか本望ならず、天晴天下の勇士!偉人!と呼ばれんこそ日頃の願なれ、

優勝の御旗奪はんおそ本望なれされば今晩の中に汝が敗北するにあまり見苦しからぬ様成し与へんと皆磊々として床に就きぬ、さても恐ろしき名将よな!