琵琶湖遠征紀行の5

いよいよ競漕会の当日。
前日から細雨がずっと降っていたのですが、ちょうど開会の頃には晴れ渡っていました。
二艘の汽船に三艘の端艇が出発点まで曵かれて、それから決勝点めがけて競漕します。皆が皆熟練したチームではなかったらしく、遅いのもあれば早々と漕ぐ手の力が尽きるもの、漕ぐタイミングが不揃いのもの様々なようです。
はやく自分の仕合がこないものと、わくわくの時です。

8月4日 三井の暁鐘に夢は破られて我等ぼ千秋の思して待ちに待ちし8月4日は来りぬ、
されど昨朝来の細雨は猶も止む気色なく降り続くに競争の程もしかと分らねど先づ手ならしに出でんとて選手は端艇に乗じたり、さるに我等が帰る頃は一天怪雲晴れて緑濃き空の色は現はれぬ、同時に雨はひたと止みて湖面名残なく晴れ渡りぬ、


今は猶予すべきにあらずと我は金澤氏と共に後藤先生に従ひて出張所に至りて抽選を終り航路の第三なると艇の千島なるとを喜びつつ宿に帰りぬ、金澤氏は航路第二、艇富士を得たり。


朝餐もそこそこにして選手一同会場に至れば来衆既に座に満つ、航路を示す紅白の旗(ふらっく)は会場の幔幕と共に翻々と朝風に翻るもいと心地よかりき、海上には絶えず煙火を打揚げ二艘の汽船は黒煙を吐きつつ時の至るを待顔なり、岸には三艘の競艇各整然としてさながら選手の乗らむを願ふものの如し。


8時45分 三発の号砲は天に轟きぬ、白煙名残を留めて孤雁何処にか飛ぶ。之ぞ当日レースの序幕なる。
愈々第一回の漕手は各艇に乗遷れば汽船は三等の艇を曵きて徐々と出発点に向かふ、

やかて各艇定めの位置に着けば合図の号砲一発既に競漕は始りぬ、赤!白!青!舵手の懸声勇ましく弥次隊の応援も亦騒がしく成り来れば暖き太陽の光線は雲間を洩れてパット漕手の紅顔を射る、

今は必死なり、始め脱兎の如く終りに牛の歩みの如きあり、或は始め牛の進むか如く終りに脱兎の如きあり或は獅子奮迅の勢にて漕げ共練習の足らざるとオールの不揃なるとにて艇の進行遅きあり、千変万化勝って意気揚々たる敗れて快々たる然も同じ一葉の小舟にして既に斯の運命あり、思へば第四回のレースの早く来らん事のみぞ俟たるる。