武徳会の剣道試合の4

武徳殿の説明に入ります。用意ができたというので三日間練習に励みます。
4日はボート=短艇の試合の日で、全勝の報に快哉を叫びます。
武徳殿は二條通りに接し南方には桜馬場があるとのこと。東方には平安新宮、新宮というのは明治時代に再建されたということでしたでしょうか?なにしろ遠方には旅行した事が無いので不案内です。

2日 武徳殿既に完備せりとの報に接し、依て同日は午前早々より参集するもの甚だ多し。

武徳殿ー二條通りに位置し、南方構外には、一大潤の地ありて、馬乗用にして桜馬場と称し、東方に隣りて、平安新宮あり、壮麗目さむる計り、構内は甚だ大なり、其東隅に、弓及び射的の稽古場あり、
本殿は東西南の三方に入口を有し、南方を正面とし、北方には、玉座あり南面す、本部旗、此処に飾らる、

周囲は畳縦二畳に、敷詰められ、各県演武出身者の為めに、之を分割し、其内に一段下りて、一間半の中段ありて三方に囲る、其内部は所謂此処数日の後、修羅の巷と変ずべき処たり、塵一つも止めず、誠に武道の中心なり、入るもの蓋し襟を正すべし。


北面の東隅は、本部師範及び役員等の控場にして、子爵渡部、両刀三ツ橋、内藤、佐々木等の達人席を占め、容体いと厳なり。

2日、3日、4日
はここにて有らむ極り、力の極み稽古を重ねつつ、またたくひまに4日の夕となりぬ今日はボート部の結果を待つべき日なり、様子や、いかにと心待ちに待つ程なう全勝の報に接し、やがて楼上に湧く万歳三呼!
かくと聞く我当の士、明日の戦闘に期する処あり、夜早くして床に入る、夢静かにして、左近の桜右近の橘、遠き昔に返りけり。