遠洋航海通信の8

外国にゆく目的が本当に「信心」なのかどうかは別にしても、幼くして日本語を舌を巻く程達者に喋る子供というのも、これは一種の語学の天才でしょうか。まあシュリーマンもかなりの数の言語をものしてトロイ発掘のための活動を起こしたというお話ですが、ゴーギャンはどうだったのかしら。タヒチは「植民地」だったからことさら現地語を学ぶ必要はなかったか。

昔も今も日本人には使い分けの難しいYesとNoです。
恩田陸の「メガロマニア」だったか、読んでいたらチューインガムが広まったのは第一次大戦の兵士のストレス解消のためとか書いてありましたが、この時代既に米人はクチャクチャやっていたのかな?

米国の女は厄介でならんという憤慨には笑えますね。
大英帝国の海軍軍人さんの気質もなかなか笑える。そっくり反っているんじゃあないかと。

ということで、遠洋航海はまだまだ続いたようですがこの項は今回でおしまいです。
長々とおつかれさまでした。

「タコマ」の「ハイスクール」に本年八才なる一生徒有之候日本へ伝導に来らんと企て一年前より日本語を学びし様なるが其の達者なる事我々十年の Broken English に勝る事万々感服の外なく褒美として国語学一冊つかはしたり


容易なる様にて困難なるは yes と No との使ひわけにてうっかり返事不出来往々横槍入れられこれはと気のつく事有之候又 ExPression の割合に易くして Understanding の困難なるは意外に候


切れ切れの語を申せば米国にて巡査の体格の偉大なる事非常にて二人力以上を有するものより撰ぶ由なるが二重の銀ボタンのつきたる長き「フロックコート」を着「ヘルメット」帽を冠り胸に Police と記したる大なる銀色の牌をかけ何か口中にて噛み乍ら悠々として大道を歩み居るは仲々閑気なものに候、

紳士といはず貴女といはず大人小供十中の八九は常に何物か口中にて噛みながら大道を歩めり或は菓子、或は護謨、誠に馬鹿気切ったりこれを米人に問へば American Custom と申候


二重ボタンの単上衣は多く左袵にあり居候殊に婦人小児等に於て多く見る如何なる訳にや女に向ひ yes,Sir とは随分あり勝ちに候汽車電車にては立て席を譲つてやらねばならず埠頭にては手引てやらねばならず米国の女程厄介なものはあらず、されど Thank you と言った女はこれまで只一人見受申候


「エクスワイモルト」碇泊中一紳士一美少年を伴ひ来る曰く余は英国印度洋艦体の一番分隊長なり母を見舞はんとて昨日郷里「ヴ井トリヤ」に帰る今日貴艦の此処に在りと聞き愚弟をして海軍の実況を知らしめむと欲し直に之を伴ひて至ると英人の熱心なる往々此の如きものあり而して候補生の美少年は致せる Present 山の如し
本物かどうか知らねども金色時計金色鎖は米人の常にて田畝を耕やせる百姓なふ金色鎖を胸間に輝かせるもの有
之候

五月二十日正午北緯四十二度五十二分西経二十五度十二分といふ四面茫々の海上にて空とふ信夫翁眺めながら
桑港に向ふ途中恋しき思を亜細亜亜米利加両州に跨らせつつ