第六日目の1

うつらうつらしていたところに汽船が着いたとの知らせで飛び出す。夜中の3時である。「吉井川丸」にのれば、いつしか空は雨がやんで月が出ている。
甲板の上で軍歌を歌う者が居る。起き出してみれば夜明けである。見のがしたのを悔しがる友もいたくらいの見事な朝日である。右に鞆の浦を見ながら進む。濃霧が晴れて仙酔島の様子が見えた。鞆の浦の港に着く。

朝日を見て「軍歌」「唱歌」「吟ずる」というパターンは笑える気もするが、此の時代他には無いのだからしょうがない。というより甲板で朝っぱらから大声で歌うなとつっこみたくなる。ともあれ有名な「鞆の浦」である。最近は「崖の上のポニョ」効果で一層観光客がふえたとか。由緒正しき港であるということで納得。

第六日、4月19日、晴
夢いよいよ濃やかならんとして遂に能はず、汽船?をとくとききて、あはただしく覚むれば時恰も3時。吉井川 丸といふに投ずるや、船は高く吠えて多度津港をあとにす。雨はいつしかやみて碧空只利鎌の如き残月を見る、


船 は如何なる所をいかに進みけむ、偶々甲板に起りし軍歌いさましく余が夢を破るに、跳り出づれば天と水との接 するところ、銅盤の如き朝暾そが半面を現はしそめて光水に映じて輝々然たり。 友は虎の如き声して「雲耶山耶」と吟じ出せば我は象の如き声もて「海づら輝く朝日の光」と唱歌をひねり出 す。


鏡の如しとやいはむ、なごやかに隠ぎ渡れる海面は、そよふく風だになく、船は幾多名も知れ島々の碁布せ る間をわけゆきて、しづかに眠る白鴎の夢を驚かしつ、此の時に当て寧ろ山の如き家の如き鞳?たる白浪を見ざる を恨むの友もありき。


忽ちにして笛声高く轟きて水又水に響き渡れば我船はまさに鞆の津を右にせんとす。その名もゆかしき仙酔島 邊霞漸くはれて、臥龍の如き老松岩をかこみては又去て天に沖せんとし、孤寺の三層塔その間に高く聳ゆる所巨鳥来つて時に甍角を啄む、ああ何たる豪岩の景趣ぞや、あけて日東第一と呼はれしも所以あるかな、この活書画 に向って長嘯せる我等は此に至りて遂に景中の人となり了んぬ。一友画に巧なり、乃ち筆を馳せて之を写す。船は無情にもこの雅境を走せ去りて、白壁赤甍ながくひく所�頭林立する鞆の港につく。