4号 新体詩の2

この旅人は男かと思っていたらうら若き乙女だったのでした。金持ちの一人娘のうえに美貌まであったので、貧乏人の彼氏が傷心して荒野で隠遁生活するわいと失せたあとを追って来たと言う話。話の展開としては金色夜叉の方が現実的かもしれませんが、ロマンスですからね。それにしても物騒なはなし。禽獣に食われるよりも人間の方が怖いような気がするのですが、さておき。これでこの節は終わりです。全体的にはいったいどういうお話だったのでしょうか。


============

野菜の食をとり設け すすめながらに笑ひつつ
 過ぎし昔を物語り 長き夜をばまぎらしぬ、


 そのこころや推しけむ 小猫は戯れ蟋蟀は
 竃にすだく声たかく もゆる榾火も音烈し、


 されども何の栓やある 思はしづむ旅人は
 憂の雲の鎮しけむ 涙は雨値そそぐなり


 いや増す憂のその本を 知れどあるじは知らず顔
 「いましが持てる悲みは いづこよりこそ来りしか、


 玉のたかどの逃れ出で こころならすもさまよふか
 つれなき友を恨みてか 将た又恋のかなしみか、


 金より成せる歓びは 只一睡の夢ぞかし
 いやしき金をたたふるは それにもまして尚賎し、


 友のなさけは只名のみ 小児をすかす子守唄か
 左なくば富と誉とに 従ふ影は外ならず、


 世の恋愛は総て皆 少女の戯言は過ぎざらむ
 此世にまことの恋愛は 鳩の巣中にのこるのみ、


 噫わかうどは汝がもてる そのかなしみを捨てよかし」
 いかかやしけむ若人の 顔の次第に赤らみぬ、


 驚き見ればいつしかに かほには艶のいや増して
 見るもまばゆき朝日影 輝く色のうつくしさ、


 羞じらふさまは漸くに 高まる息に知られけり
 つつみかねたる乙女子は 遂に素性をあかしけり、


 乙女はいいひぬ「やよや君 神と君との住居家に
 汚かれし足をふみ入れし 妾か罪をゆるせかし、


 かかる野みちにさまよふも 元を正せば恋と愛
 憂身棄てむとおもへども すつべき處もあらなくに、


 妾か父は多因河の 岸に名高き富豪なり
 されども後をつぐべきは 妾の外にあらぬなり、


 雲霞みの如き恋人は 妾を得んと寄りつとひ
 妙なる姿とほめそやし 忘れぬ恋と誓ひてき、


 また利は迷ふ人々は あらゆるしなを送り来ぬ
 中にも独り「エドウイン」も 左ること絶えてなかりけり、


 襤褸に身をば纏へども 富てふものを持たねども
 こころ賢しく徳高く 慕はぬ人こそなかりけれ、


 谷の木陰により居つつ 歌を唱へばおのづから
 香なき風さへ香に匂ひ 声なき森も歌ふめり、


 朝日に匂ふ春の花 玉を磨がける秋の露
 彼が心に比べなば おのが色をば恥ぢやせむ


 花は咲けどもやがて散り 露は結べどやがて消ゆ
 彼が心はいつまでも 変らぬ色の花と露


 あはれ妾は花の散り 露の消ゆるに誘はれて
 こころつくしのなさけをば 仇に過せし事もあり


 その悔に堪へかねて 彼は妾を見捨て去り
 淋しき土地を探し得て そこにぞ彼は失せにける、


 かかるあはれをのこせしも 妾かなせし罪なれば
 うせにし彼を遂ひゆきて 死なむとこそはおもふなれ。


 彼かうせにしその土地に ゆきてそやがて失せ果てむ
 妾がために彼うせぬ されば妾も彼がために」


 「否とにしばし」と山人は やらじと乙女を抱きけり
 こはそもいかによく見れば 「エドウイン」にぞありたりし


 「やよ『エルゼル』よ我こそは いましか慕ひし「エドウィン」ぞ
 去にし昔を忘れずば いかで我をば愛せざる、


 あらゆる憂をうち棄てて かくてぞあらむいつまでも
 この世のあらむ限りには 別れな成せそ我妻よ、


 否別るまじいつまでも かくてそ住まむ後の世も
 若しも無情の風ふかば いざや散らなむ諸共に」